スポンサーサイト

--.--.--.--.--:--
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

祖父母

2016.09.06.Tue.12:21
(。・ω・)ノ゙ コンチャ♪

何だか久しぶりに書いてる気がします。

ここ最近の近況は、
新居がやっと完成して、すぐ7月末に引っ越した感じです。
新居の周辺は、ほんとに住宅街で車もそこまで通らず
夜はとても静かです。

以前のお家は、目の前にバスも夜中にトラックも通るしで
家が若干揺れたりうるさかったりで、お休みの日もゆっくり眠れませんでした。
今の寝室は、壁が2重になってるのもあったり、
道路から離れてることもあり、目覚ましがないと起きれないくらいです。
旦那さんも、静かで満足してる感じです。


今度の日曜日は、旦那さんの祖母の13回忌らしく、
私も出席することになりました。
それを考えつつ、祖父の事を考えていました・・・

8月のお盆休みには、
今年は旦那さんと私の田舎へ行ってきました。

1-s.jpg

私が、お盆に限らず田舎へ帰った際に欠かさずやってることといえば、
母親の父(祖父)のお墓参りです。
何故だかわからないけれど、毎回「行かなきゃいけない」思いに駆られます。
小さいころに、父親の親(祖父母)にもお世話になったはずなのに、
そんなに記憶がなく、母親の親にべったりだった気もしました。

祖母はまだ生きていますが、
だいぶ痴呆も進んできました。
ただ、元気なのであんまり心配していませんけど。。
祖父が生きていた頃、私の実家は飲食店をしているので
親が面倒見れない時は、よく預けられていました。
と言っても、新潟なので結構距離は有るわけですが。。。
それでも、祖父が胡座をかき、その真中に座って
時代劇を一緒に見てたのは、今でも鮮明に覚えています。
そして今では少なくなった時代劇がとても好きです。

祖父に最期にあった日のことも、しっかり覚えています。
危篤だと言われた日、ちょうど東京に帰る時だったかな。。
逆方向へ向かい、祖父がいる病院へ向かいました。
その病院はすでに壊されて、無くなってしまいましたが、
面会時間の締め切りが迫っていたため急いでて、
覆面に捕まったのも覚えています。

従姉妹たちは、すでに祖父の顔を見終わったあとで
私達家族が最後でした。
じいちゃんに話しかけて、手を握った記憶もあります。
病名が何だったか分かりませんが、心臓にペースメーカーも入れていたし、
病気も患ってたのかな・・・。
私達が会いに行ったあと、少しして息を引き取りました。
母は「(従姉妹全員もそうだけど)○○(私の名前)の顔見れて安心したから逝ったんだよ。
じいちゃんね、あんたが来るまで頑張って待ってたのよ」と言ってました。

祖父と、何を話していたのかあまり記憶はないけれど、
過ごした記憶はちゃんと残ってます。

その後は、お葬式をして、
その時に人生で初めてお葬式で泣きました。
今まで、(東京の)祖父の知り合い(私には祖父母が3人ずつ居ます)のお葬式に
出席したことはありましたが、「ただ出席しただけ」で。
思い入れがないわけではないけど、やはり「気持ち」が違うんだろうなぁとその時思いました。

とても、とても悲しかったのだけ覚えています。


その後からは、両親が田舎へ用事があり帰る際も、
「ちゃんとお参りしてきて欲しい」と毎回言うようになりました。
行ける時は、行って報告をしているので
夢に1度だけ出てきましたが、そのあとは出ることがなく
お空の上で穏やかに過ごしてるのかな~と思うと安心します。



私が年をとると同時に、私の周りの人も
もちろん、歳を取っています。
人とのこの世での別れは、摂理でありどうすることも出来ません。
この先は、私が先に逝かない限り「そういう機会」も増えるんだと思います。
それも仕方のない事です。

その人に教えてもらったことを心に刻み、
その人の助言をしっかり受け止め、
自分の糧にしていけたらと思います。

生前にくれた思い出と共に、心のなかでずっと生き続けてると思えば
気持ちは少し軽くなります。
悲しみは時間が癒やしてくれると思うので、
お墓参りなど、機会があればしっかり行きたいものですね。

flower3975.jpg
関連記事
コメント

管理者にだけ表示を許可する
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。